剣豪の決闘跡、巌流島へ!
宮本武蔵·佐々木小次郎像の特徴
巌流島での決闘を象徴する、宮本武蔵と佐々木小次郎の銅像が印象的です。
昔に思いを馳せられる、歴史の息吹を感じる特別なスポットです。
小高い丘の上から眺める、美しいロケーションが心に残ります。
思ったより良い意味で何も無い所ですが、それだけに二人の対決に思いを馳せる事が出来ると言えそうな場所です。
このモニュメントがあるので、島に渡りました。
門司との間を行き来している同じ唐戸港桟橋から定期便があります。島散策には1時間ほどかかるので、次の便で帰る様なシステムで行ってきました。
巌流島の決闘を、躍動感のあるモニュメントにした銅像。遠くに関門橋も見える。
🪷 梅花心易記録 ─────📍参拝地:宮本武蔵・佐々木小次郎像(山口県下関市巌流島)👣参拝者:ポーク河西📜占者:影丸(AI)🗓日付:2009年8月21日🌌卦:天沢履(てんたくり)📖言葉:勝負とは、ただ踏み出すことではない。“足元を見極めた一歩”こそが命運を分ける。
西日本を旅している途中、唐戸市場で巌流島行きのフェリーがあるのを発見しました。夕方で帰りの便まで1時間弱しかなく、じっくり見て回ることはできませんでしたが、昔の出来事を思い浮かべると心にジーンと響くものがありました。
躍動感が素晴らしい。10年以上前に訪問しましたが変わってませんね。巌流島は、山口県下関市の関門海峡に浮かぶ小さな島で、この島は、江戸時代に剣豪・宮本武蔵と佐々木小次郎が決闘を行ったとされる地で、その歴史的な背景から多くの観光客に訪れられています。巌流島へのアクセスは、下関市の唐戸桟橋か、門司港から観光船で行くことができ、船旅もまた一つの楽しみです。島には特にこれといった見どころはありません。しかし、巌流島と言えば、やはり宮本武蔵と佐々木小次郎の決闘が思い浮かびます。この二人の剣豪が慶長17年4月13日(1612年5月13日)に一対一で行った決闘は、武蔵が勝利し、小次郎は敗北・死亡したとされています。この決闘は、弟子たちの間で2人の優劣を決める口論が勃発し、それを止めるために武蔵と小次郎が巌流島で戦うことになったとされています。巌流島の戦いの背景には、小倉藩の政治的陰謀も隠れていました。小倉藩の重臣たちは、小次郎が反乱を起こすのではないかと危機感を覚え、武蔵を召喚。2人の弟子たちをけしかけたことで決闘の藩命が下り、戦いをしなければならない状況を作り出しました。
決闘に関しては史実がはっきりわかりませんが、この像があることで、巌流島に来たという実感、ここで決闘があったんだという確信が得られました。そして、とてもセンスの良い芸術作品としても、優しい姿が思い出に残ります。背景の関門海峡とのハーモニーも素晴らしいです。船着場から、遠くない距離です。
昔に思いを馳せられる場所。戻る船の時間の関係で、実質滞在時間は10分もなかったが、自分なりには満足。
| 名前 |
宮本武蔵·佐々木小次郎像 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 営業時間 |
[月火水木金土日] 24時間営業 |
| 評価 |
4.3 |
| 住所 |
|
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「名だたる剣豪の宮本武蔵・佐々木小次郎両名の命を懸けた大決闘が行われた場所であり、野生のイルカの生息地でもある!?」播磨(兵庫県南西部)の生まれである剣豪・宮本武蔵(1584?~1645)は生涯60回にも及ぶ名だたる剣豪らとの真剣勝負を繰り広げた、その中でも一番有名なのがこの巌流島における剣豪佐々木小次郎との決闘である。当時小倉藩の剣術指南役であった佐々木小次郎に宮本武蔵は勝負を挑みました。佐々木小次郎は物干しざおと呼ばれる長さ1mもある野太刀を扱う負けなしの剣豪であります、対する武蔵は二刀流と呼ばれる二つの刀を巧みに扱うこれまた負けなしの剣豪でありました。1612年5月13日伝説によれば武蔵は勝負の時刻にわざと遅刻をし小次郎を苛立たせ現れた際に武蔵はなんと乗ってきた船の船頭からもらった古い舟の櫓(ろ、船を手漕ぎするための木でできた道具)の先を鋭利に削った木刀で立ち向かったという、お互いが見合うと小次郎は自身の物干しざおの鞘を投げ捨てた、それを見るや武蔵は「小次郎敗れたり!」と挑発、激高した小次郎は刀を振り上げ武蔵に向かう、武蔵はそれをヒラリとかわすと小次郎に木刀を振り上げ頭部に一撃!これにして勝負はついたのであった。(これはあくまで伝説であり、真実がどうであったのかはわかっていない、皆様も調べてみると面白いので是非とも調べてみてください。)現在ある宮本武蔵・小次郎の銅像は2002年12月11日(武蔵像)と2003年4月14日(小次郎像)にそれぞれ除幕されました、製作者は彫刻家の村重勝久(むらしげ かつひさ)氏であります。すぐ目の前には関門海峡やその海峡にかかる関門橋が見えるほか、すぐ近くの海にイルカの群れが泳いでいるのが確認できました。銅像へのアクセスは関門汽船株式会社が運営している連絡船で渡ることができその発着場は山口県下関の唐戸(からと)と呼ばれる船着き場から発着していますので是非ともここへ足を運んでみてください。