歴史深き長見神社で心安らぐ。
長見神社の特徴
心を落ち着ける弁慶の故郷に位置する神社です。
一間四方の大社造が歴史の深さを感じさせます。
国道431号沿いにある小さな神社の看板が目印です。
桜の花の名の語源とされる美しい女神の木花咲耶姫が御祭神である神社に、武蔵坊弁慶伝説が残されているという対比が興味深い場所です。
創立は不詳ですが733年に編纂された出雲国風土記には長見社、927年の延喜式神名帳には長見神社と表記される古社。瓊々杵命と木花開耶姫命を祭神とします。江戸時代は杵田大明神と言われていましたが、明治2年に社号を長見神社と改称(昔の呼び名に戻ったという方が正しいかも)しています。古老伝では武蔵坊弁慶の産神といわれており、弁慶が母の御霊を祀る為に建立した「弁吉女霊社」が境外社となっています。国道431号線を松江市内から美保関方面に走っていると道路沿いに小さな案内標識があり、そこを道なりに進めば鳥居と掲揚ポールが見えてきますので迷うことはないでしょう。車の場合は鳥居の対面に車4-5台であれば問題なく停められるスペースがあります。神社は周りから一段高いところにあり、鳥居の所からは南東に開けていますので晴れていれば中海越しに大山も拝めます。ここの狛犬は山陰の神社に多く見られる「構え獅子」ではなく、少数派の「お座り型」だったのも興味深いところでした。<アクセス難易度/~駐車場>★☆☆☆☆<アクセス難易度/駐車場~参道>★☆☆☆☆
なかなか周りたの景観もマッチし高見な場所で宜しいです、心も落ち着きます、
長見神社:島根県松江市長海町59祭神:瓊瓊杵尊、木花開耶姫命神紋:亀甲紋・三ツ割菊出雲風土記にも記載されている古社である。Googleの航空写真で見ると神社前は、太古には中海に続き熊野神社まで細長く入江となっていた形跡があり「長海=ながみ」と呼ばれていた時代があったのだろう。またこの地は、源義経を守った「武蔵坊弁慶」の生誕地とされている。付近は「弁慶」の史跡・伝説に取り囲まれている。因みに「弁慶の母」の里は和歌山県田辺市と言われている。
弁慶の故郷にある神社。弁慶のお母様も眠っておられます。
一間四方の大社造。銅板葺。縁は四周を廻る。階隠柱は正面縁柱と共有し本殿桁が延びて支えている。階隠左右に随身座が付く。隅柱上部に派手な雲絵様の木鼻を付け柱上に出三斗を置き桁を支え、桁に併せ虹梁を渡し妻に二頭の龍と雲・波の彫刻を、かつ彩色をなす。建立は大正から昭和初期か。一ノ鳥居に「天保三壬辰九月中九日」(1832年)、灯篭に「明治四十四年四月」(1911年)、狛犬に「昭和四年十月」(1929年)、手水石に「昭和十六年」(1941年)と刻まれている。
本当に弁慶さんがおられたのかどうかは分かりませんが歴史を感じさせるお社です。
長海の長見神社から中海の眺め。
長見神社(ながみじんじゃ)【比定社】長見社【祭神】瓊瓊杵命、木花開屋姫命【住所】島根県松江市長海町59【備考】「杵田大明神」
| 名前 |
長見神社 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 電話番号 |
0852-34-0752 |
| HP |
http://www.jinja-net.jp/jinjacho-shimane/jsearch3shimane.php?jinjya=29572 |
| 評価 |
4.4 |
| 住所 |
|
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長見神社(ながみじんじゃ)。島根県松江市長海町。式内社(小)、旧県社。【祭神】瓊瓊杵命 木花開屋姫命資料によると、出雲国風土記の「長見社」に相当する。当初は先田谷に鎮座。「先田谷は中海の岸に沿う小丘の蔭の谷間で、現境内より約二町の前方にある。その神跡と称する地点は谷間が稍々小高く叢藪となつている所で、そこに四畳敷大の巨石が残つている。」と式内社調査報告に記載されているが、相当以前に土中に埋没し、地域の人々から忘れられたものではないか。延喜式内の古社で、もと社名を杵田神社とも称しサキタという所にあったのを奉遷した。天孫出雲地方御巡幸の折、御座船をこの地につけ「ここまできた」というお言葉があったので、杵田明神という伝承も残っている。御妻神が火照命・火須理命・火遠里命をお産みになった神徳により、安産の神として名高く広い崇敬を集めるとともに、藩主松平氏累代の厚い尊崇を受けた。昭和四年県社に列した。出雲国風土記に記載、毛利、松平氏の崇敬を受ける。例祭日に天孫瓊々杵命の降臨の古傳祭 を行っている。境外神社に辨吉女霊社があり、辨吉女神霊を祀る。辨吉はあの有名な武蔵坊弁 慶の母である。弁慶の生誕の地であり、長見神社には弁慶が書いたとされる武蔵坊弁慶願状が ある(宝物として保存)とあります。