出雲の明るい神社で、神楽舞を堪能!
多久神社の特徴
県道264号線沿いに位置し、道からよく見える素晴らしい神社です。
10月の例祭には隔年で神楽舞が奉納され、賑わいを見せます。
敷地内には広々とした境内があり、立派な御社殿があります。
田園の広がる開けた場所にあるので、遠くからでもわかります。西向きに鎮座している堂々とした社殿は、神名火山の朝日山と正対しています。
駐車場がわかりませんが道路が広いので道路脇に停めれます。
全体的にフラットで開けた明るい感じの神社です。明確な駐車場は見つけられませんでした。建て替えられているようで綺麗で、陶器製の置物の狛犬なども有ります。
こちら一社でおなかいっぱいになります。道路からすぐで、沢山の神様がいらっしゃって、参拝しやすい神社です。
733年編纂の出雲国風土記で多久社と記載される古社。天甕津比女命を主祭神とします。1年ぶりの訪問でしたが、今回はきちんと鳥居をくぐってお詣りさせていただきました。集落の中に大社造の社殿が目を引く雰囲気の良いお社です。車の場合は1-2台であれば境内横に停めることが可能です。
御祭神 天甕津比女命合祀 素盞鳴命 建御名方命 大物主命 應神天皇 市杵島姫命 火酢芹命 蛭児命 味秬高彦根命 罔象女命同名の神社が、出雲市にあります。
切妻造妻入り 二間×二間 背面宇豆柱は側柱よりやや太く外に少し出ている床下中央に心御柱がある。階隠拝殿接続 礎石建ち立派な社殿。
参拝させていただきました。ありがとうございました。
広い境内に立派な御社殿、10月の例祭〔11日〕の夜は佐陀神能さんと亀尾神能さんが隔年で能舞(神楽舞)を奉納して居られます。
| 名前 |
多久神社 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 電話番号 |
0852-82-0337 |
| HP |
http://www.jinja-net.jp/jinjacho-shimane/jsearch3shimane.php?jinjya=6329 |
| 評価 |
4.2 |
| 住所 |
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折に触れて、この社に呼ばれているように感じます。そのたびにここ講武の里に足を運ばせていただきます。訪れるたび、鈍い私でも感じるこの、「視線の起点」が入れ替わる感覚自分が見ているのか、それとも見られているのか。今日もそれを確かめに来ました。「講武(こうぶ)」という勇ましい呼び名は、むかしここが武を練った地であった頃の息遣いをいまも残しています。しかし、かつては「円福寺」という寺の名でも呼ばれたこの場所には、異なる時間が地層のように積み重なっているようです。随神門をくぐり、あえて振り返ってみてください。門という四角い枠の中に、里山の斜面や畑、民家の朱色の屋根がきれいに切り取られています。それは単なる出入り口ではなく、現実を少しだけ整列させる「フレーム」です。この瞬間、視線は前ではなく、上から静かに降りてくるように感じられます。境内へ歩を進めると、音が一枚、また一枚と剥がれ落ちていきます。鬱蒼とした森ではなく、一見すると中途半端にも映る、がらんとした 空白けれどそれは、余計なものがすべて削ぎ落とされた「真空」のよう。耳に触れるものは減っていくのに、静けさだけが厚みを増していく。肩の力は抜け、背すじだけがすっと立つ。自分が整えたのではなく、場そのものに、あるべき姿勢へ「直された」この感覚。拝殿の前で手を合わせ、目を閉じます。胸の奥にひんやりとした気配が染み入ってきます。冷たさというより、奥行きのある透明さです。それもそのはず、ここに鎮座されているのは女神さま。願い事よりも前に、ただ「在るもの」の輪郭だけが、凛として立ち上がります。これまで多くの社を巡りましたが、ここは少し違う…。雑音が消えるというより、見えない手が丁寧に一枚ずつ埃を払うように、心の面が静かに凪いでいくのです。通うほどに、その研ぎ澄まされ方は穏やかに深まっていきます。不意に、袖を引く小さな手。連れてきた子どもが空を見上げて言いました。 ととぉ かみしゃま ここその声に合わせるように、砂利が一粒だけ澄んだ音を立て、紙垂が揺れ、木陰の濃さがひと目盛り深くなりました。説明のいらない輪郭が、そこに立ちのぼったような感覚。頷く代わりに、もう一度だけ随神門を振り返ります。切り取られた講武の里山は、今度はフレームの内側からこちらを見つめているように見えます。やはり、視線の起点は入れ替わっている。写真を載せても、この気配は写りません。だから言葉だけを置いておきます。あとは、ここを歩くあなたの耳と肌にお任せします。