戸田柿本神社近くの遺髪塚。
柿本人麿遺髪塚の特徴
戸田柿本神社の宮司近くに位置する墓地です。
綾部家のすぐ隣でアクセス良好です。
団体ツアーの参拝にも対応した施設です。
神社をお参り後、遺髪塚へ。苔がびっしりと生えた上を、何となく申し訳なく歩き、お参り。事前に宮司さま?に電話して御朱印をお願いしていたので、すんなり拝受。七尾城跡の住吉神社も拝受し、感謝申し上げるのでありました~
団体ツアーで参拝。戸田柿本神社の宮司さんに詳しく説明して頂いて理解が深まった。
戸田柿本神社の宮司である綾部家の直ぐ傍にあります。綾部家は代々戸田柿本神社の宮司をされている家系です。現在の宮司さんは50代目です。ちょうどこの地を訪れて時に、前49代の宮司さんであった綾部正さんにお会いしました。綾部さんに丁寧に色々御説明をして頂きました。綾部家は約1400年前から宮司をされているとのことでした。また、柿本人麿は、この綾部家の女性から生まれた、という言い伝えがあるとのことでした。
宮司さん宅の隣に有ります。
駐車場あり。戸田柿本神社境内にあります。柿本家と綾部家が婚姻した関係で、綾部家に遺髪が残されていたそうです。
| 名前 |
柿本人麿遺髪塚 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 評価 |
4.0 |
| 住所 |
|
周辺のオススメ
享保10年(1725年)語家41代綾部左右衛門が家の改築ため庭の一部を掘ったところ、四方を小石で囲まれた壺を発見しました。壺の中には黒い土が入っていて、その時、神殿が鳴動し、御神体が転げ落ちました。これは、人麿の人骨に違いないとすぐに元にもどして、碑を建てたと伝えられています。以来、この地を人丸塚と呼び、崇敬しています。遺髪塚の先に、幼少期の人麿がよく遊んだとの伝承がある「聖なる岩」や「足形岩」があるようですが、わかりませんでした。