御嶽山信仰と歴史の息吹。
御嶽山座王大権現の碑(群馬県安中市松井田町横川)の特徴
矢野澤橋から見ると、2mを越える大きな石碑が目を引きます。
中山道沿いに位置し、御嶽山信仰の歴史を感じられる史跡です。
旧中山道松井田宿から近く、碓氷関所にもアクセスしやすい立地です。
中山道によって御嶽山信仰が伝わりやすかったと思われます。
Very interesting
とても大きく立派な石碑です。どのようにこの岩場に設置したのかとても驚きです。木曽御嶽信仰における信仰の対象となる神が御嶽山座王権現となります。調べてみると木曽御嶽山では修験道の神、蔵王権現を座王権現と表記するのが特徴のようです。
◆「矢野澤橋」から北側の高台を見ると「御嶽山座王大権現」と彫られた2mを越える石碑が建っている。◆川沿いの、石碑の西側には馬頭観音などの石碑群があり、何の案内板もないが趣がある。◆2022年7月8日(金)に「アプトの道」探訪で横川駅周辺を街歩きした。
| 名前 |
御嶽山座王大権現の碑(群馬県安中市松井田町横川) |
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| ジャンル |
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| 評価 |
4.0 |
| 住所 |
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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旧中山道松井田宿 茶屋本陣跡、碓氷関所近くの高台に建っている大きな石碑がそれです。御嶽山という関取がいて、長野県出身だから長野県にある山なのでしょう。そんな回りくどく言わなくても、御嶽山は長野県の山です。(失礼しました)でも関取の「御嶽山」は「みたけやま」と読みました。ちょっと違う!どんな碑なのか調べましたら、「御嶽山座王大権現碑(おんたけさん ざおう だいごんげん ひ)」は、御嶽信仰の行者や請中(こうじゅう=信者グループ)が旅の安全・家内安全・病気平癒等を祈って建てた『信仰碑』だそうで、旧中山道沿いには特に多く街道文化と深く結びついた石碑の典型と言われています。江戸後期〜明治初期にかけて御嶽信仰が爆発的に広まり、各地に「御嶽講」が生まれ、その講の人たちが、御嶽山に登拝した記念、祈願成就の報告、地域の守護を願うために建てたのがこの碑だそうです。特に、群馬・長野・埼玉の街頭沿いで頻繁に見られるとのこと。旧中山道松井田宿は碓氷峠を控えた重要な宿場町、茶屋本陣は旅人が集まる場所であり、宿場の商人や旅籠の主人、馬子など「峠越えの無事」を祈る場所として、御嶽信仰の碑が建てやすい土地柄だったのでしょう。近くに庚申塔や馬頭観音像、二十三夜塔などあり、信仰深い地域だったことが伺われ、「真に興味深い!」って湯川准教授なら言うはず。「さっぱりわからない!」かもしれない。