東平王塚で歴史の謎を探る。
東平王の塚の特徴
東平王の塚は歴史的な街道に位置し、不思議な歴史が感じられる場所です。
逢隈川に近く、唐人の墓として知られる歴史的背景があります。
千貫神社の向かい側にあり、詩歌が描かれた木々も存在する素敵な丘です。
東山道は、不思議な歴史街道この、東平王塚も様々な説が有る『逢隈川の舟より下りて 行く道の辺りに 一つの塚あり 往来の人の所為と覚えて あたりの木に詩歌など多数書き付けたり 昔 とうへいわう と云ひける 唐人の墓なり 故郷を恋ひつつ 此処にて身まかりけるが その思ひの末にや 塚の上の草木も 皆西へかたむくと申しならわせり と語る人ありしかば いと哀れに覚えて、、、。という話も有れば、東山道の更に奥に大野田が有り大野田地区は、南の名取川と北の旧笊川とに囲まれた地域たび重なる洪水で土砂がたい積し、小高い土地になっている人々が暮らし始めたのは、4500年以上前から言い伝えによれば、かつて、「東平王」と呼ばれる有力者がおり、この王を葬った墓は「王ノ壇」といい、それが「大野田」になったという謎の多い人物の眠る場所、歴史街道に相応しい古墳たまに、草刈りされている以外は特に保存されていないのが惜しい所。
| 名前 |
東平王の塚 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 電話番号 |
0223-25-2302 |
| 営業時間 |
[土日月火水木金] 24時間営業 |
| HP |
https://www.city.iwanuma.miyagi.jp/kanko/bunkazai/documents/bunka8_001.pdf |
| 評価 |
3.7 |
| 住所 |
|
|
ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
|
周辺のオススメ
千貫神社の道路を挟んで向かいにある丘です。過去には『東平王塚古墳』と呼ばれていました。ところが『岩沼市史第1巻 通史編Ⅰ 原始・古代・中世』の15ページに、「これまで古墳とされてきたが、市史編纂事業で試掘調査を実施したところ、積土が確認されず、古墳とは認められなかったため、遺跡登録を抹消した。」と記載されています。ポコっと盛り上がっているなあと実際に上ってみたら思った以上に急な斜面で、ああ古墳なんだなあと感じていたのですが、違ったのですね。ただ『東平王塚古墳』という標柱は立ったままなので、今でも古墳だと思っている方は多いかもしれません。このへんは朝日山公園にある、古墳であることが否定されたのに『白山古墳』の標柱が残っている『白山塚』と同じ状況ですね。丘の上には複数本のツバキの木があって4月頃までたくさんの花を咲かせていましたが、これは植えられたものなのでしょうね。春には大きな桜がきれいでした。脇の田んぼに水が入ると、何だか島のような感じで楽しいです。『いわぬま歴史散歩』という本によると、第二次世界大戦前までは丘の上に松の巨木が立っていたそうです。そして松の枝が西に傾くのは、この丘に葬られた東平王という帰化人の故郷が西にあるので、死後も故郷が忘れられないためという伝説があるとのこと。観応年間(1350年〜1352年)に東国を旅した宗久という人物が書いた『都のつと』という紀行文には、東平王塚の松の様子が書かれているそうです。当時は東平王塚の松は名所として知られていたということなのでしょうね。古墳であることが否定されたとは言え、かつてこの地に名所としてあり、語り継がれていた伝説に多くの人が思いを馳せたことに変わりはありません。駐車場はありません。千貫神社との間の道路を数十メートル南西に行くと自動販売機があるので、その前のスペースに停めさせていただきました。最終訪問日:2026年5月9日(土)