天台宗 松尾山願隆寺で心静まる。
願隆寺の特徴
天台宗比叡山延暦寺派に属する願隆寺です。
びわ湖百八霊場第81番札所として知られています。
上り坂に独特の山門があり、目を引く石柱が立っています。
天台宗比叡山延暦寺派のお寺さんで、今日は水口松尾辺りをうろうろしているうちに、山すそにお寺さんの堂宇の甍がみえましたので、近隣の方にアクセスをお尋ねして山門…通常の山門とは違い、下り坂の入り口に左右に石柱が二本建っており、松尾山、願隆寺とあります。お寺さんの由来には創建はずいぶん古いですが、何度も兵火で焼失し、仏像なども一時、大池寺に避難させていたようです。阿弥陀如来坐像、日光・月光菩薩立像は重要文化財に指定されているようです。現在、本堂、鐘楼は修復されているようですが、ここの堂宇の特長として坂下にある客殿と坂上にある本堂をうまく坂を利用して回廊で結ばれていることですね。本堂の左手には十三重石塔がありましたね。
天台宗 松岡山 松林院 願隆寺本尊 薬師如来 開基 伝教大師最澄開創年 天平六年びわ湖108霊場八十一番甲賀病院裏の団地側に駐車場があります。そこから少し歩くと寺院の裏側に出ます。基本的には拝観はないようですが、電話をして予約していれば拝観できるようです。阿弥陀如来座像、月光菩薩、日光菩薩を見せていただけるようです。本堂からは周りが見渡せ、気持ちのよい景色が広がります。
びわ湖百八霊場第81番札所びわ湖百八霊場は既に満願していますが、その中で行き方のわかりにくさTOP10に入る難所です。新興団地にある水口北保育園の向かい側に、森の中に進む細い道が唯一の車で通れる道で、お寺の東側にある古い集落からは車の進入が出来ないほどの道の細さです。お寺の脇に駐車スペースがあります。
松尾山松林院願隆寺(まつおざんしょうりんいんがんりゅうじ)ここは、びわ湖百八霊場第81番札所(湖南第1番札所)当寺は観光寺でないため拝観が主ではない。したがって御朱印は賽銭箱の上に用意されていますので、小銭を用意して行かれますように。ちなみに私は、うっかりして小銭無く1000円を賽銭箱に!
松尾山松林院願隆寺(まつおざんしょうりんいんがんりゅうじ)ここは、びわ湖百八霊場第81番札所(湖南第1番札所)当寺は観光寺でないため拝観が主ではない。したがって御朱印は賽銭箱の上に用意されていますので、小銭を用意して行かれますように。ちなみに私は、うっかりして小銭無く1000円を賽銭箱に!
| 名前 |
願隆寺 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 評価 |
4.1 |
| 住所 |
|
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松尾山松林院願隆寺といい天台宗のお寺になります。御本尊は薬師如来像(焼失仏)は秘仏になり、甲賀七薬師に選ばれています、御前立の薬師如来像(彩色された厨子入)と脇侍の日光菩薩立像と月光菩薩立像とともに国の重要文化財に指定されています。他に御本尊薬師如来の眷属である十二神将像(左右に六体づつ)や不動明王立像・毘沙門天立像・十一面観世音菩薩立像(右側の黒い厨子入)が安置されています。伝教大師最澄が開基と伝わるお寺で、天平六年(733年)に比叡山延暦寺の建築用材を求め甲賀を訪れた際に薬師如来像を彫り寺を建立したと伝わります。平安時代の長暦元年(1037年)に兵火により寺は全焼しましたが仏像は災いを免れて青蓮寺(現在の大池寺)に移されたという、元享元年(1321年)の頃になり青蓮寺の僧が一宇を旧寺域に建てて願立寺と称して薬師如来像を安置した。その後も天正・文禄・寛永にわたり焼失と再建を重ね明暦三年(1657年)に僧盛賢が現在地に移転をし寺号も願隆寺と改めた、度重なる寺の焼失により御本尊の薬師如来像を失ったが、その時の焼失御本尊である「薬師如来像」は現在別の厨子に納められて秘仏となっている、他の諸仏像は焼失を免れています。境内にある阿弥陀堂(本坊)の御本尊「阿弥陀如来像」は恵心僧都の作と伝わり国の重要文化財に指定されています。願隆寺は境内の斜面を利用して本堂と客殿(本坊)を回廊で結んでいる珍しい建築方法を取っています。