春、相馬中村城の桜。
相馬神社(藩祖神社)の特徴
相馬中村城址の本丸に創建された神社です。
境内には春に咲く美しい桜の木が沢山あります。
眼下に相馬市内が見渡せる高台に位置しています。
相馬神社に初参拝です。明治十三年に相馬氏の祖、相馬師常を祭神として創建された城趾にある神社です。歴史も知る事ができ、御朱印も頂き満足です。
2026.1.3初詣に伺いました。今回初めて来ました。が午年🐴なので混んでいるかな?と思いましたが、3日なのでそこまで混んではなかった。落ち着いて参拝できてよかったです。馬にちなんでお守りや絵馬も馬くいく(上手くいく)のを推していました。
相馬神社です。旅の道すがらお参りしました。相馬中村城跡に鎮座しているようです。
R7.10.28参拝 社務所は締まっており神職様不在で御朱印頂けず。またお参りに来ます。
曇天の平日、中村社とセットで詣でました。城趾であるので、行くまでの道程も楽しめました。相馬氏、元は下総国だったんですね!茨城の千葉との境目あたりに北相馬郡って、なんでこんな所に?って疑問が晴れました。特別調べた事もなかったもんで‥参道は、コンクリートで整備され歩きやすいですね。掲示はしてませんが、社務所で御朱印頂けます。直書きでした。
曇天の平日、中村社とセットで詣でました。城趾であるので、行くまでの道程も楽しめました。相馬氏、元は下総国だったんですね!茨城の千葉との境目あたりに北相馬郡って、なんでこんな所に?って疑問が晴れました。特別調べた事もなかったもんで‥参道は、コンクリートで整備され歩きやすいですね。掲示はしてませんが、社務所で御朱印頂けます。直書きでした。
明治時代に中村城址の本丸跡に鎮座した藩祖神社(城跡に建つ神社)です。主祭神に相馬師常公(相馬氏祖)、平将門公(相馬氏先祖)、天之御中主(相馬氏守護神の妙見菩薩)。中村城址は無料で散策でき無料駐車場があります。同じ城内には相馬野馬追の祭りで有名な相馬中村神社があります。春には桜が満開になり綺麗です。
相馬中村神社の社伝によると今から一千余年前937年、相馬家先祖、平将門が下総国猿島郡という所に妙見社創建して戦勝を祈願、国家安泰、国民諸行の繁栄を祈念したことに始まる。その後下総の相馬郡に社殿を建てたと伝えた後1323年、師常より六世の孫相馬孫五郎重胤公が、鎌倉から初めて奥州行方郡に移ると同時に妙見祠を移し、1332年小高に築城して移るとき神社も移されたとあります。さらに1611年相馬利胤公が相馬中村に城を移したとき妙見神社も中村城内へ移されました。これが現在の相馬中村神社です。相馬中村神社は、相馬家代々の氏神として崇敬されてきたばかりでなく、相馬地方の総鎮守として中村城郭内の西にある小高い丘に建っています。御祭神も天之御中主神様と宇宙の根源。相馬の発展がわかる気がします。
雨の日に訪れましたが、咲き始めた桜が綺麗でした。御朱印をいただき参拝して戻る時に見える景色もいい感じです😄元々は相馬氏の中村城本丸があったようで、周辺も公園になっています。4月3日から桜祭りがあるようで、晴天のなか満開の桜を見たら最高だろうなーと思いました👍
| 名前 |
相馬神社(藩祖神社) |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 電話番号 |
0244-35-3362 |
| 営業時間 |
[金土日月火水木] 9:00~17:00 |
| 評価 |
4.2 |
| 住所 |
|
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2026/02/14三妙見全て参拝したあとに相馬氏の始祖である相馬師常公が祀っている神社になります正確に言えば名門千葉一族であり恐らくご先祖様は平将門ですねこちらも相馬神社の前に相馬中村城であり相馬義胤の嫡男相馬利胤が相馬中村藩の初代藩主で相馬中村城を改修して小高城からこちらへ居城を移したところです。さて相馬利胤ですが関ヶ原の戦いでは父の義胤が中立の立場で兵を出さなかったので徳川に改易を言い渡されました。中立の立場であった佐竹、岩城、相馬佐竹は秋田へ転封岩城は改易相馬は本領安堵その背景には相馬利胤が江戸まで赴き家康や秀忠に直接謝りに行きましたがそれだけでなく家康の最側近である本多正信へ仲介の執り成しをお願いしたりかつて敵であった伊達政宗へプライドを捨てて頭を下げて仲介への執り成しをお願いしに行き伊達が上杉討伐の際に相馬領内を通過することを許可したこともあって徳川に敵対するつもりもなくむしろ協力的だったと証言してもらうのと伊達も本多正信も鎌倉時代から続く名門という理由を訴えてくれたおかげで本領安堵となり藩の祖がこちらになりました幕末は奥羽列越列藩同盟で幕府側でしたが新政府軍が防衛戦を突破し目と鼻の先まで侵攻してきたので降伏し進軍に協力し案内役もして伊達仙台藩とも戦った歴史があります歴史が好きな人ならそれらも踏まえて登城しお参りするのも良いと思います。