倭姫命ゆかりの御杖神社へ。
御杖神社の特徴
古事記に関連した御杖神社は、倭姫命の杖を祀っています。
樹齢600年の神木が並ぶ厳かな本殿は、訪れる人を魅了します。
参拝者用の駐車場は、西側の旧ガソリンスタンド跡に設置されています。
倭姫命にまつわる神社と聞き、是非とも参拝したいと思いました。細い道を行くと小さなガソリンスタンドっぽいな駐車場があり駐車しました。駐車場から右側に徒歩で行き角を曲がった少し先に鳥居があります。山々に囲まれた鎮守の森とすぐ前に名張川が流れる神域らしい環境です。・御杖神社について御杖神社は、奈良県宇陀郡御杖村にある村の鎮守で、主に天照大神や倭姫命に関わる伝承と結びついた神社です。日本書紀に登場する第十一代垂仁天皇の皇女・倭姫命が天照大神を奉じる御杖代(みつえしろ:天照大神などの神の「杖」の代わりとして、その御心を体し奉仕する存在であり、特に伊勢神宮の斎宮(斎王)や賀茂社の斎院など、神や天皇に代わって祭祀に仕える皇女を指す語)として大和から伊賀などを巡り、最終的に伊勢へ向かう途中、この地に立ち寄った際、この地に杖を残したと伝えられています。神社でその「杖」自体をご神体としてお祀りしていることから、古くから神聖な場所として崇敬を集めこの「御杖」を社名とし、のちの村名「御杖村」の由来にもなりました。神社の詳細な御神体である「杖」の配置は一般には非公開とされています。かつては悪霊を防ぐ「道饗祭(みちあえのまつり:古代、6月と12月の2回、朝廷が京都の四隅の路上に八衢比古(やちまたひこ)・八衢比売(やちまたひめ)・久那斗(くなど)の三神を祭り、妖怪などの侵入を防いだ祭事。)」が行われる重要な拠点でした。・由緒ある社格平安時代の『延喜式神名帳』にも名を連ねる式内小社であり、御杖村における歴史と信仰の中心地です。・御祭神道饗祭の三柱の神が祀られており、いずれも魔除け・厄除け・道中安全の神として信仰されています。久那斗神(くなどのかみ): 行路の安全を守護する神八衢比古神(やちまたひこのかみ): 悪や災いを塞ぎ守る神八衢比女神(やちまたひめのかみ): 同様に悪霊を防ぐとされる女神・上津江杉(かみつえすぎ)拝殿の両脇にそびえる樹齢600年と伝わる御神木。本殿・拝殿: 本殿は格式高い神明造りで、荘厳かつ神秘的な雰囲気に包まれています。「産経ニュース特集記事」より「奈良県御杖村奈良県の東端に位置し三重県の伊勢に近い御杖村。村名の由来となった伝承が残る土地に御杖神社が鎮座している。宇陀市から車で国道369号を東へ進む。付近には西国から大和を経て伊勢神宮へ通じた旧伊勢本街道が残る。近世によく利用された街道で、当時の信仰や参詣について知る上で貴重として良好に残る峠が国史跡に指定されている。御杖神社は県境に近い神末(こうずえ)という集落にある。川のそばに広がる境内に入っていくと杉の巨樹が並び、神秘的な雰囲気だ。鳥の鳴き声と川音のみが聞こえ、森閑としている。本殿には、杖から生まれた境界を守護する久那斗(くなど)神などが祭られている。社伝では第11代垂仁天皇の皇女、倭姫命(やまとひめのみこと)が天照大神(あまてらすおおみかみ)に仕える御杖代(みつえしろ)となり、大神の鎮座地を探す旅の途中でその候補地の印として杖を残したとされる。「御杖を祭っており、伝承は地域の信仰となっています」と大森重嗣宮司は語る。日本書紀によると、天照大神の鎮座地を探す倭姫命は「菟田(うだ)の筱幡(ささはた)」へ。その後、近江(滋賀県)に入り、美濃(岐阜県)を経て、伊勢へと至った。そのとき、天照大神が「伊勢は中心ではないが美しい国だ」とたたえたため伊勢にお社を建てたという。御杖神社では11月2日、例大祭が行われた。各地区の氏子を代表する当屋(「当屋」とは、神社の祭りや講の行事で神事や行事の準備・進行・後片付けなどを担当する人やその家)が神社の分霊を1年間祭る習わしが続いており、今回は「お当渡し」の儀式で4軒が引き継いだ。当屋では分霊を神棚に祭り、朝夕の食事を供えるほか神社の祭りにも奉仕するという。「神様の威光が地域の皆さんに行き渡るように続けている。当屋を通じて神様を身近に感じていただければ」と大森宮司。神様の伝承や信仰が息づく村はいっそう山々が美しく輝いて見えた。(岩口利一)」
御杖神社(みつえじんじゃ)は、奈良県宇陀郡御杖村にある神社。式内小社で、旧社格は郷社。創建年代は不詳。社伝によると、第11代垂仁天皇の勅命により、倭姫命は大和国笠縫邑より御杖代として天照大御神を祀るための土地を求めて各地を巡ったが、伊勢国(今の伊勢神宮)に向かう際、この地に行宮を造り御休座になったことが創祀とされる。小さな神社さんですが、良き氣が満ちていました。
御杖神社(みつえじんじゃ)。奈良県宇陀郡御杖村神末。式内社(小)、旧郷社。【祭神】久那斗神(くなとのかみ) 八街比古神(やちまたひこのかみ) 八街比女神資料によると、大和と伊勢の国境の伊勢本街道に沿った要衝に鎮座。疫神であったようだ。祭神がそれを物語っている。現在の当社の御祭神は「久那斗神」「八街比古神」「八街比女神」となっており、災厄や悪霊などの侵入を塞ぐ神格を持ついわゆる「塞の神(サイノカミ)」、境界の神を祀っています。倭姫命が垂仁天皇の勅により天照大神の御杖代となり鎭座の地を求めて、諸国を巡幸されたとき、この地に三ケ月間とどまられ、後伊勢の五十鈴の川上に鎮座されたので、その旧蹟によつて名張の神戸が置かれ、この地に天照大神の御分霊を奉齋して御杖代の故事に因み、社名を御杖神社と称したとしている。『大和志』には、「御杖神社は神末村に鎮座しており、今は葛明神と呼ばれている。近隣の八村が共に祭祀に預かっている。」とある。17世紀央以前は九頭明神、国津大明神と呼ばれていたが、それ以降は牛頭天王と称する文献が多い。社蔵の棟札では、天文二十三年(1554)に「伊賀国名張上津江之宮」と記されており、上津江とは神杖、御杖のことであろうか。明治三〇年御杖神社と称するようになった。鎮座地の神末が御杖からの訛と云う判断もあって比定された。とあります。
2025.10月御杖神社駐車場🅿︎アマテラスオオミカミをお祀りする場所を探して旅をしていたヤマトヒメノミコトが候補地のしるしとして杖(御杖)を置いたそうです。そのため村名がミツエなんですって。とても立派な杉がある静かな神社です。
2025/9/28、国道に神社の看板が出ていて、「御杖」というからにはひょっとして?と思ったら、やはり、倭姫の神社でした。旅の途中この地に立ち寄り、しばらく滞在されたそうな。村の名前も御杖村といいます。この日はお掃除の日だったのか、村の方々が集まって、手水場や境内を丁寧に清掃していました。大切に守られているのですね。
奈良県宇陀郡御杖村神末 御杖神社さんを、2025年01月17日(金曜日)に、初めて訪れました。静かな街並みのなかに、御杖神社さんはありました。グーグルマップさんにも、コメントされていましたが、少し手前に、以前にガソリンスタンドだったと思われる、駐車場がわかりやすく、設置されていました。境内は立派な木立や、御神木があり、尋ねたかいがありました。また、訪問させていただきたいと思います。
御杖神社に初めて参拝させて頂きました。神社前は、川が流れており、決して広くは無いですが、素敵で静寂に包まれた神社です。堅魚木は、9本。
御杖村にある御杖神社は、古事記と深い関わりのある神社ですこの神社には倭姫命が置き忘れたと言う杖が祀られておると言う話です。信じるかどうかはあなた次第(๑•ω•๑)♡
御杖村の名称の由来となる倭姫命ゆかりある神社。祭神は久那土神(くなどのかみ)、広くは無いが拝殿両脇の杉の御神木がすごく立派で圧巻されます。駐車場は近くの元ガソリンスタンド。また来たいです。
| 名前 |
御杖神社 |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 電話番号 |
0745-95-2135 |
| 営業時間 |
[木金土日月火水] 24時間営業 |
| HP |
http://www.jinja-net.jp/jinjacho-nara/jsearch3nara.php?jinjya=33990 |
| 評価 |
4.4 |
| 住所 |
|
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素敵な所です。静かで神主さんはいてませんが、イベントも定期的にある様です。賽銭箱の隣に御朱印などが置かれていてそこに御朱印のお支払いもする方法です。が2度伺いましたが2回目の訪問の際、御朱印が無いこと知らずにお支払いしました。べつに構いません。確認不足です。以下引用御杖神社は、倭姫命(やまとひめのみこと)が、天照大神(あまてらすおおみかみ)を奉じる候補地を求め、御杖村を訪れた際、その印として自らの「杖」を残したとされる伝承の地で、現在もその「杖」をお祀りしています。本殿は素木の神明造、拝殿は入母屋造で、久那斗神(くなどのかみ)を主神に、八衢比古神(やちまたひこのかみ)・八衢比女神(やちまたひめのかみ)が祀られ、拝殿両脇には「上津江杉(かみつえすぎ)」と呼ばれる樹齢600年以上の御神木があります。