歴史の息吹感じる官舎神社。
官舎神社の特徴
日本一歴史のある神社で、安心感があります。
獅子舞のイベント開催が魅力的です。
隣には広い公園があり、散歩に最適です。
官舎神社は、離宮さん=地元では「りくうさん」と呼ばれ、旅の宮、大漁の宮として親しまれています。年越し参り、朔日参りは多くの方が参拝に来ます。2月には獅子舞、7月には茅輪(ちのわ)くぐりなど例祭が行われます。官舎神社の名の由来は、延暦16年(797)、斎王の御所である離宮院がこの地に移り、大神宮司(神宮司庁)の官舎が建立され、その守護として祀られたことからその名がつけられたと伝わります。伊勢神宮と同じように20年ごとにご遷宮が行われます。参道は離宮院公園に通じており、春は梅と桜が咲きほこり和める場所となっています。
駐車場が広く停めやすいです🎵鳥居が沢山あり隣に公園もありました。境内は広くとても静かでした。
1381.2022.09.18JR 宮川駅の駅裏? の線路を挟んだ向かいにある離宮院公園の端っこに鎮座をされております 。表の参道側の社標は 官舎神社 となってますが裏手の離宮公園側の入り口には 離宮山大漁宮 の社標となっていて 大漁宮 や 離宮さん 、 旅の宮とも呼ばれているそうであります 。離宮院 の官舎の傍にあり官舎が管理した事で官舎神社 と称するようになったといいます 。756年 (天平勝宝8) に奈良の 春日大社 より大仏山の東の山麓に勧請し 中臣社 または春日社 として祀ったのが始まりとされます 。社務所にて御朱印を頂く事が出来ました 。
歴史ある神社だが一時は寂れてしまい、明治時代頃に復活したらしい。白い鳥居が印象的でした。
歴史ある神社だが一時は寂れてしまい、明治時代頃に復活したらしい。白い鳥居が印象的でした。
ここ数年、初詣に訪れてます。鯛みくじが楽しみなんですよー。
日本一歴史のある神社。神話の時代から存在していたと聞きました。
久しぶりに、娘夫婦と孫を連れてお参りに行きました~とても良いお天気に七五三参りの👨👩👧と出会い、来年は我が家のお孫ちゃんと七五三参りかと、思うと尚一層の、コロナ終息を願いつつ帰りました〜
隣にとても広い公園があったのですが、誰もおらず少し寂しかったです。
| 名前 |
官舎神社 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 電話番号 |
0596-22-3875 |
| HP |
http://kyoka.mie-jinjacho.or.jp/shrine/%E5%AE%98%E8%88%8E%E7%A5%9E%E7%A4%BE/ |
| 評価 |
4.1 |
| 住所 |
|
|
ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
|
周辺のオススメ
官舎神社(かんしゃじんじゃ)。三重県伊勢市小俣町本町。式内社(小)、旧県社。主祭神:建御雷之男神(武甕槌命) 經津主神 天兒屋根命 姫神その他、小俣村集落内神社の神々を合祀資料によると、社名は、本来「ミヤケ」と読むらしいが、現在は「カンシャ」、あるいは「離宮さん」とも。当社境内は、離宮院跡として国の史跡に指定されている。平安時代以降、伊勢大神宮の御厨や齋内親王の離宮があったようだ。創祀年代は不詳。一説には、離宮院西方に鎮座していた「中臣氏祖神」であるという。古代においては、伊勢神宮の宮司は、中臣氏が任ぜられており孝謙天皇天宝八年(756)津島碕に、宮司の祖神・春日神が勧請され延暦十六年(797)、離宮院の移動に伴い、離宮院西方に遷座された神社。南北朝以降、齋王制度は廃絶し、離宮院と共に中臣氏社も衰退。近世に入り、神宮の摂末社が再興された寛文三年に中臣氏社も再興されたという。明治十二年村社に列し、明治四十二年、村社・八柱神社など十一社を合祀した小俣神社を翌年、当社に合祀。昭和十九年、県社に昇格した。明治以降は小俣村の産土神として崇敬され、大漁宮(大漁祈願)・旅宮(交通安全)とも称されているようだ。とあります。