神社前の美しき神社、歴史感じる境内。
美都穂神社の特徴
美都穂神社は境内が504坪もあり、広々とした空間です。
祭神には建御名方命と八坂刀売命が祀られています。
由緒ある神社で、1619年からの歴史が感じられます。
バス停「神社前」の道をはさんで「田沢公民館」があり、こちらに車を停めさせていただき、ご参拝しました。太い大きなケヤキが、美都穂神社を守るよう、田沢村を守るように何本も立っています。清々とした神社です。正面の庇に唐破風の松に鷹の彫刻いいです。江戸時代初期には「田沢神社」江戸時代中期~後期には「諏訪大明神」慶応3年現在の社名に改名したようです。地元の方達が力を合わせて一体となった御柱祭の映像を拝見し、田沢村ってすごいなぁと感心していました。
美しい神社でした。
| 名前 |
美都穂神社 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 営業時間 |
[日月火水木金土] 24時間営業 |
| 評価 |
4.2 |
| 住所 |
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境内504坪 氏子200戸祭神 建御名方命・八坂刀売命 祭事4月12日由緒 天和5年(1619)8月、上田領社寺改によれば、社号は八幡社で禰宜は小林甚之亟とあり、また永禄13年(1570)諏訪社上社三月会同9日弐の御頭に小県郡海野之田沢の記録がある。宝永3年(1706)の差出帳に諏訪宮神主本海野勘太夫とあり、享保頃(1716~35)は諏訪大明神、慶應2年(1866)8月27日京都吉田家から社号を美都穂神社と改称した。七年毎に御柱祭を盛大に執行されている。社叢として欅が12本あり、石段上左側が最大で周囲7mで、昭和8年(1933)8月7日に長野天 然記念物に指定されていたが、昭和34年(1959)8月14日の台風7号(伊勢湾台風)で、大木が何本か倒され5本が残った。冠木は記念として「こたつ版」として、全戸に無料で配布し、残りは競売され茶箪笥や仏壇等に加工した人もいた。本社 間口105cm、奥行90cm、流造杮こけら板葺南面本社上屋 間口3.6m、奥行3.6m、明治27年(1894)新築萱葺昭和29年(1954)12月再建銅葺拝殿 間口10.8m、奥行5.4m萱葺 明治5年(1872)再建南面向拝付 昭和34年(1959)4月銅板に葺替石鳥居 台輪付明神鳥居 高さ350cm、開き220cm水 石 天保13年(1842)の銘がある御棟札 28枚、宝永7年(1710)9月造宮が最古宝蔵庫 間口5.4m、奥行3.6m、昭和34年の台風で全壊し、舞台古材を利用して、保存されている。舞 台 間口16m、奥行8m、瓦葺平屋、柱は土間から6m、東側は1mの石垣の上に建ち、床下は2m、安政6年(1859)8月に建設・人夫2.600 人を要したと古文書にある。奉納芝居や敬老会などで踊りや寸劇等もやっていたが、昭和の初期には集落の巡回映画の上映も行っていた。昭和34年(1959)伊勢湾台風で、老欅が倒れ、宝蔵庫と舞台も大破した。社殿の東に享保8年(1723)建立の高さ265cm石鳥居が「山神社」の額束がある。東側 左から 石造り「御子安様」延宝7年(1679)・「木造社殿」・「西山之神」高さ70cm・ 「天照皇太神」・「金毘羅宮」文政3年(1820)・ 「入山之神」高さ75cm・石造「石像荒神宮」高さ50cm、三宝荒神・「荒神宮」高さ95cm寛政11年(1799)9月・「社口」宝暦9年(1759)・ 「山之神」元禄9年(1696)・「三峰社」高さ85cm安永8年(1779)・「社口神」 社殿の西に享保16年(1731)建立の高さ265cm石鳥居が「山神社」の額束がある。西側 右から「天神宮」寛政10年(1798)・「御子安様」元禄2年(1689)・ 「中の山神」享保12年(1727)・「蚕影社」明治7年(1874)の 4 社がある。