斎王隆子女王の道標、歴史の足跡。
斎宮旧蹟蛭澤之花園・斎王隆子女王御墓従是拾五丁道標の特徴
三重県多気郡明和町に位置する石碑が印象的です。
斎王隆子女王のお墓までの道標としての役割があります。
伊勢街道沿いに立つ歴史的なスポットです。
天延2年、病気で亡くなった斎王、隆子女王のお墓が15丁先なので1.6km先にあるという道標です。
三重県多気郡明和町、県道428号線(伊勢街道)沿いに立つ石碑です。勝見交差点西です。古い物なので、もしかしたら戦前に有ったという斎宮顕彰運動に関連有るものかもしれません。(いつき茶屋近くに説明看板有り)この碑の北に一本道では行けませんが、在任中にこの地で亡くなった斎王隆子女王の墓が有ります。
| 名前 |
斎宮旧蹟蛭澤之花園・斎王隆子女王御墓従是拾五丁道標 |
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| ジャンル |
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| 営業時間 |
[金土日月火水木] 24時間営業 |
| HP | |
| 評価 |
3.7 |
| 住所 |
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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斎王隆子女王というのは、10世紀の斎王で斎王在任中に亡くなったこと以外はっきりしません。ただ、天皇の名代の皇女が亡くなったということですから丁重に葬られ、史跡として続いているようです。あと蛭沢之花園というのはこの辺りが原産の野花菖蒲の花ですが、湿地の花ですから自生地に昔は蛭もいっぱいいたことでしょう。