土塁と堀切を巡る歴史探訪。
森田城跡
山の向こうの上狛の環濠集落の狛氏と連携していたらしいですね。
土塁や堀切が楽しめます。
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江戸時代の水制遺構を感じて。
長岡京跡・ 淀水垂大下津町遺跡
江戸時代前期に築かれた「水制」の遺構からこの時期に桂川が拡幅されたことが明らかにされました。
珍しい方形古墳、国の史跡!
菖蒲塚古墳
聖塚古墳と共に「国の史跡」に指定されました。
確か四角形のカタチをしていた古墳だったと思います。
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鏡石で紡ぐ京都紅葉の物語。
鏡石
この石を鏡代わりに頭を剃ったといわれる‼️
広隆寺楼門すぐそば、嵐電アクセス抜群!
「別格本山 広隆寺西門」の碑
嵐電の太秦広隆寺の駅から西に行くと広隆寺楼門があります。
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平安京遺構、歴史を感じる。
平安京左京一条三昧坊三町跡
平安京遺構@京都府庁\u0026文化庁。
上林川を望む山城の美。
瀬尾谷城跡
県道1号から上林川を挟んで見える山城。
本願寺の坊官、下間家の墓。
下間家の墓
本願寺の坊官として知られている下間(しもつま)家の墓。
皇族が訪れた明如の屋敷。
西本願寺門主別邸 三夜荘跡
皇族が足を運んだ明如の屋敷。
今は除却されて何もないところ。
南禅寺近くの歴史を感じる。
横井小楠殉節地
儒学者だが、柔軟な思考を展開した。
寂しいですが 南禅寺の天授庵墓地にはご子孫の方が建立された一族の墓所が在ります。
安養寺を訪れる道標。
淀川渡場径の碑
京阪電車の高架下にあります。
33年に一度の一口の安養寺の十一面観音像御開帳に訪れる善男善女のための道標です。
東京極大路の南限、ここに集う!
東京極大路南限
東京極大路の南限です。
お地蔵様に感謝を込めて。
五輪塔
お地蔵様に感謝とご冥福をお祈りさせていただきました。
地域の人たちが大切にお世話されています。
前方後円墳の面影探検!
丸山古墳
面影はないけど、元々は前方後円墳だったそうです。
良くわからない。
相光寺の鐘楼近くで特別な体験を。
震災供養塔
相光寺の鐘楼の左手にあります。
光明寺へ続く道標の魅力。
光明寺道の大道標
ただし元の位置から移設されておりますの !
西国街道の栄華を物語る道標。
人里離れた皇族のお墓を探訪。
邦茂王墓
こんなに人里離れた所の皇族のお墓って誰がどれくらいの頻度で掃除とか管理してるんやろか?
管理されてない。
槇島児童遊園の石碑が迎える。
槇島小学校創立の地
槇島児童遊園に石碑が建っている。
二条良基ゆかりの龍池町。
「龍躍池 」址
南北朝時代の1381年に太政大臣を務めた二条良基が築いた邸宅に「龍躍池(りゅうやくち)」と呼ばれる名園が存在したことに由来しているとの事でし...
南北時代 摂関を務めた 二条良基の邸宅が有ったところです。
急な坂の先に広がる絶景。
中畑城跡
頂上は開けていて南側が見渡せます。
あまり山城らしい遺構を見る事が出来ないんだよね~
今池跡 石碑と共に過ごすひととき。
今池跡
今池跡と刻まれた石碑。
本坊で心落ち着くひとときを。
寺務所・本坊
寺務所で本坊です。
幕末の激闘、油小路北小路!
北小路の変の地
幕末の天満屋騒動の際に紀州藩と新選組が同士討ちした場所が此処。
油小路北小路のあたりで天満屋襲撃の報を聞き不動堂村屯所から駆け付けた新選組増援隊と同じく興正寺から駆け付けた紀州藩の応援部隊がお互い敵と勘違...
上の方からの眺め、最高!
八塚11号墳
上の方から3つをまとめて見ることもできそうです。
上京区で出会う757メートルの歴史。
上京惣構跡
深さ約3・5メートルの堀が約75メートルにわたって堀跡が確認された。
志賀郷七不思議伝説の隠れスポット。
志津久松(しずく松)
【明智光秀に関連あり】
志賀郷七不思議伝説ゆかりの場所。
今出川橋で感じる小川の記憶。
小川今出川橋欄干
いつの間にか暗渠となってしまいました。
かつての小川の今出川橋の欄干が保存されています。
静かな山の上の安らぎ碑。
有心講先亡霊碑
よく分からないけど気になる碑。
環境がよく、愛する人が安らかになれます。
奥に進むと美しい自然!
勧修寺宮墓地
最初のアクセス口が分かれば奥に進むだけです。
やぶ蚊が凄いので虫除け対策を‼️
実相院宮墓地で感じる歴史の静けさ。
実相院宮墓地
実相院宮墓地(宮内庁管轄)・健宮墓(東山天皇皇曾孫)・義延親王墓(後西天皇皇子)・義周親王墓(伏見天皇十五世皇孫)
** Former Graveyard of jiso-in-gu 実相院宮墓地
Just go little further tow...
大神宮跡の歴史的ランドマーク。
大神宮跡
大神宮跡とあるから大きな神社の跡地かと思っていたらそれらしきものは何もない。
これは「歴史的ランドマーク」だと言います。
妙見道の歴史を感じる。
妙見寺旧鳥居
元々妙見道(妙見寺の参道)にあった鳥居を移転させてきたもの。
長州藩の画家、森寛斎の足跡!
森寛斎宅蹟
石碑:森寛斎(1814〜94)は、長州今の画家。
江戸時代後期の長州藩出身の画家である森寬斉宅跡を示す碑があるだけです。
岩と自然が調和する空間。
貽範碑
周りの自然はいいです(原文)It's a rock, but the nature around is nice
It's a rock, but the nature around is nice
かつての一里塚跡地で。
御陵の一里塚
今の地図と重ね合わせると、ここがその跡地で間違いないと思います。
かつてはここに一里塚があったと地元の方から伺ったことがある。
井ノ内稲荷塚古墳探訪で歴史を感じる。
井ノ内稲荷塚古墳
かつて阪大が発掘調査した前方後円墳。
井ノ内稲荷塚古墳(いのうちいなりづかこふん)。
藤原氏子弟専用の宿舎。
勧学院址
藤原冬嗣が藤原氏出身の学生の為に設けた大学寮学生の為の宿舎のこと。
勧学院は、藤原氏子弟の大学寮学生のために設けられた寄宿舎。
24時間営業、でも入れない。
巨椋池流域模型ビオトープ
24時間営業とあったので行ったが中に入れない。
池跡・築山の土塁を探検!
山科本願寺南殿跡
案内の掲示板が古くて小さい。
池跡・築山の様な土塁が残存。
松花堂弁当のある静寂の隠れ家。
瀧本坊跡
ひっそりと看板がある程度です。
松花堂弁当として有名な江戸時代の寛永年間に住職をされていた松花堂昭乗のお寺がこのあたりにあった東谷 瀧本坊です。
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