徳本上人名号塔で心静かに。
徳本上人名号塔
■徳本上人名号塔芦屋市にある石塔。
徳本上人(1758?
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独身寮跡地の静寂な余韻。
明和寮跡
建物は壊されており、敷地が残るのみです。
当時の従業員の独身寮跡地。
八上城で主膳屋敷を探訪。
主膳屋敷跡
八上城の遺構の1つです。
主膳屋敷跡。
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江戸時代の魅力、陣屋跡で発見!
細工所陣屋跡
細工所公会堂の隅に碑のみあります。
江戸時代の屋敷跡がここにあったとされています。
校内で体験する非農園の魅力。
芝川農園跡(憩いの広場)
農園らしさゼロ。
学校の校内にあります!
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南北朝時代の宝篋印塔、歴史の息吹を感じて。
新宿墓地宝篋印塔
南北朝時代に建てられた宝篋印塔が山の中に残されています。
銀の馬車道でロマンチックな感動を。
銀の馬車道 飾磨津物揚場跡
ここが飾磨港の発祥の地なのかと実感できる。
こんなところにあるんだぁー 偶然に見つけました!
見張り台からの絶景発見!
柳澤城跡
少し離れた場所に見張り台があります。
浦川井井堰の水と静けさ。
浦上井堰跡
様石(のりいし)浦川井井堰の高さをきめる石対岸水神さん辺りにもありました。
古墳を探す冒険、竹藪で発見!
澤田古墳
古墳だった形跡の形はGoogleマップを見る限り可能性はありますね。
古墳を感じる円墳、時空を超えた出会い。
権現山古墳群56号墳
円墳 古墳時代後期 直径15~21m高さ4m 横穴式石室が残る。
日吉神社の謎を解こう!
別所構居跡地
遺構、説明板、碑など何もなし。
実際寺から日吉神社付近にあったとされる構居で立ち寄って見ても特にここという明確な表示はありません。
ピカピカの福禄寿尊、須磨寺でお出迎え!
福禄寿尊(神戸七福神)
頭がツルツルでした。
神戸七福神の一つ福禄寿尊。
原チャリで感じる自由旅。
英賀城 芝の口之跡
原チャリ一人旅。
石棺板碑が祀られる神秘の空間。
西垂水名号石棺板碑
お堂内部に石棺を利用した板碑が祀られています。
1336年の戦いを語る石碑。
赤松鼻
いつも車が止まっているのでよく釣れるのかな?
室山の赤松勢と戦となり、多数の赤松兵が討ち取られ、赤穂郡に逃れました。
頼山陽の歌碑で歴史を感じる。
頼山陽の歌碑
■頼山陽の歌碑兵庫県西宮市にある石碑。
京と故郷の広島・竹原の間を幾度も旅する時に心境を漢詩で表した歌碑。
大久保町の歴史を感じる元標。
大久保村道路元標
大久保村道路元標当時:明石郡大久保村→現在:明石市大久保町明石市内に現存する3つの道路元標の1つです。
諸寄漁港の美味しさ堪能!
谷角日沙春之碑 (谷角日沙春生誕地碑)
諸寄漁港のほとりにあります。
諸寄出身の明治時代の画家、谷角日沙春の記念碑のようです。
鯵山峠を避けて安心来店!
寺坂1号古墳
鯵山峠を通って来ました><; 危ない道なので通らないでください。
伊丹の地に眠る歌人の心。
鬼貫の親子墓
伊丹で生まれた歌人のお墓らしい。
防草シート下の石室発見。
入組野古墳(消滅)
県西高校に移設されてます。
菅公遺跡の魅力を発見!
梅之井
菅公遺跡との事です梅井の地名のもとに成ったとされています。
四国八十八ヶ所案内道の石碑。
四国八十八ヶ所案内道の碑
『四国八十八ヶ所案内道』と刻まれた石碑です。
昭和の記憶、区画整理板を探そう。
上白銀町
昭和の区画整理前を伝える説明板です。
姫路城外濠沿いの飾磨津門。
飾磨津門跡(説明板)
姫路城の外港である飾磨津に向かう街道に向かって開かれていることからこの名がある。
姫路城から飾磨津へ向かうもんがあった跡。
特別史跡姫路城の立派な門跡。
姫路城 総社門跡
播磨国総社西門に至るところからその名称が付けられました。
立派な門跡です。
昭和天皇の歌をひかる港で。
昭和天皇御歌
昭和天皇御歌。
御宿舎である旧「オリエンタルホテル」の屋上から、神戸みなと祭·海上提灯行列の夜景をご覧になられた印象を、翌1957年(昭和32年)、宮中歌会...
柏原八幡神社北側の小さな公園。
田ステ女公園
柏原八幡神社の北側にある公園。
猫の額程の公園。
心躍る、ただの森の交流。
王子2号墳
ただの林。
わかりませんでした。
大きな仏足、近づくと魅力!
鶴林寺 仏足石
他のところより大きい仏足です。
近づくと石に足跡があるパワースポット。
赤坂古墳群の歴史散策を!
赤坂古墳第一号墳
円山川沿いには沢山の古墳群が出土してますね。
3基からなる群集墳です。
寛永元年の跡地で高瀬舟に想いを馳せる。
船入川之跡
堀の外に船場川が流れ、二重堀になっていたところ。
本多忠政により寛永元年に改修された高瀬舟の船着き場の跡。
兵庫の貴重な古墳群、歴史探訪へ!
東山古墳群
古墳から石棺なども出ている貴重な古墳。
東山古墳群、兵庫県多可郡多可町中区東山。
金鑵城の歴史深い魅力。
岡城跡
領主は金鑵城主中村小四郎正満の家臣、丹生太郎左衛門である。
観光指定の橋の地蔵様。
橋の地蔵
こう言う 昔ばなしは、大切だ。
市の観光指定にもされている地蔵様で小川の石橋となっていたことから「橋の地蔵さん」と呼ばれているそうです。
岩尾神社裏の隠れ古墳探訪。
ビワクビ古墳
途中からかなり荒れておりわかりづらい。
実際には2つの古墳があるようです。
新温泉町の聖人 篠原無然。
篠原無然生誕地碑
教員をしながら、社会教育調査を行いました。
明治22年(1889)浜坂町諸寄に生まれたそうです。
南北朝時代の切腹の地、石塔の供養。
石造宝篋印塔(見土呂の宝篋印塔)
この場所においては南北朝時代の設置当初は拝礼供養用で後に供養塔・墓塔の意味合いが強くなったと思われます。
田園地帯の一画にポツンとある繁みに祀られている南北朝時代の石造物です武士が切腹した場所に建てられたとの伝承があります。
三木合戦の歴史を感じる場所。
三谷ノ上付城跡
三木山森林公園の中にあります。
三木城を包囲するため、周囲に30余りの付城を築いたとされます。
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